2013年6月23日 (日)

故人の「デジタル遺産」の扱い

死後もネットを漂う「故人情報」…トラブルも

友人とのメール、ブログやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に掲載した文章、写真、動画……。

 私たちが日々、発信している大量のデジタルデータは、ネット上のコンピューター・サーバーに蓄積され、増える一方だが、自分の死後、どう扱われるのだろう。実は、情報技術(IT)サービスの運営会社は利用者の死亡を想定していない場合が多く、故人の「デジタル遺産」が不本意な形でネット上に残り続けたり、相続を求める遺族と運営会社がトラブルになったりするケースが出ている。

 ◆亡くなった管理人◆

 〈入院して延命するか、自宅で延命するか〉。男性が匿名でネットに公開していた「闘病ブログ」は、そんな言葉を最後に5年前から更新が止まっている。

 ブログ管理人だったこの男性の死亡で放置されているとみられるが、投稿欄は、わいせつな文言など100を超える無関係の書き込みで埋め尽くされている。

 「最強のバイト。笑いが止まりません!」「月収200万超えた!」。悪質サイトなどに誘導するアドレスが掲載され、閲覧者がクリックすれば、コンピューターウイルスに感染する危険もある。削除する管理人がいないため放置され、ブログは閉鎖されないままだ。

 こうしたサイトは相当数あり、故人の中傷が書き込まれるケースもある。各運営会社は、遺族らが管理人の死亡を証明する書類などを提出すれば、「閉鎖の手続きを取る」としている。

 しかし、家族に知らせずに開設されていたブログも多い。遺族らの申し出がない限り、死亡を知るすべがないのが現状だ。

 ◆相続は?◆

 一方、一般には公開されないメールやSNSの記録、データ保存サービスの文書や画像を巡って、運営会社に開示を求める遺族からの相談が増えている。「亡くなった親がお世話になった人の連絡先を知りたい」「思い出の写真が残っていないか」などのほか、「子供が自殺した理由を知りたい」という要望もある。

 パスワードを再発行してアカウント(利用登録)の継続利用を認める運営会社も一部あるが、「電気通信事業法の『通信の秘密』に抵触する」(ヤフー)、「家族に知られたくない可能性もある」(ミクシィ)として応じないのが大半だ。

 「アカウントは本人だけの『一身専属制』のもの」(ニフティ)とみなし、生活保護の受給権などと同様、財産のような相続の対象にならないと解釈している。
(Yahoo!ニュース-読売新聞6月23日(日)8時57分)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130622-00000585-yom-sci

以前2009年に、このブログでこの記事と似たようなネタで『自分の死後、ブログはどうなる?』という記事を書いたことがあります。あれから4年くらい経っていますが、これは解決しない問題のようですね。
その時考えた私の提案は以下のようなものです。

≪1年間書き込みがないブログなどの場合、サービス業者の方でまず本人に続けるか続けないかを選択するメールを送る。そして続けない又は返事が無い場合は、記事をいきなり削除するのではなくパスワード保護をかけてしまうというのはどうでしょう。または記事は公開しておくけれど新規のコメントやトラックバックは受け付けられないような仕様にしてもらうとか。≫

私だったら、こういう方法を選択できたらありがたいです。実際にできないのは色々問題があるのでしょう。

昔必ず巡回して読んでいたブログが管理人の何らかの事情で放置され、上記記事のように投稿欄は、記事とは無関係なわいせつな文言の書き込みや悪質サイトに誘導するアドレスの掲載で埋め尽くされているのを何度も見たことがあります。

最近は政治ブログを読む時間も無くなってしまったのですが、久しぶりに昔のお気に入りのブログを訪れてこういうひどい状況になっているのを見ると心が痛みます。

私のブログは過疎ブログなので、例えひどい状況で放置されたとしてもあまり影響が無いとは思いますが、生きている現在その状況を考えると決して良い気分ではありません。
死んだ後のことなんか『どうにでもな~れ♪』と思えば良いんですけどね。

今はコメント欄、トラックバック欄の設定は自由に書き込めるようにしてありますが、例え今設定を書き込み不可にしたとしても過去記事への書き込みは可能なままのような気がしますし、そうだとすれば意味が無いです。

ブログの内容を知られても構わないならば、IDとパスワードをエンディングノートに書いておいて、家族に判断を任せるのが良いような気がします。

私の場合、政治・社会の話が主なので、見られてもあまり困らないのですが、「家族に知られたくない」内容を書いている方は困ってしまいますね。知られたくないことを吐き出したいが故にブログを始めた方だって多いでしょうし・・・

最近体のあちらこちらの具合が悪く、病院通いが多くなってきたので、こういうことを真剣に考えようと思うようになりました。
一番スッキリするのは閉鎖するか、パスワード付きにするかですが、それを判断する時期が難しいです。

私の大好きなブロガーさんが亡くなられた時は、ブログ閉鎖後、ネット上のお友達が管理していらっしゃいます。
記事自体は資料として非常に有意義なものがありますので、閲覧できるようにしていただけたのはありがたいです。

きちんと管理が継続できれば「デジタル遺産」も故人の「墓碑」として機能し続けるでしょうね。

~関連記事~
自分の死後、ブログはどうなる?
http://coolminori.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-223e.html

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2012年6月19日 (火)

政治の話には興味が無い?

いつもブログのネタを何にしようかとそればかり考えているので、管理ページを見ることはほとんどないのですが、久しぶりに管理ページを見て意外なことに気がつきました。
それは、よく読まれている記事が政治系の話ではなく、ファッションや生活に関連する記事だったことです。この管理ページでは、記事別に何がどのくらいの割合で読まれているかを見ることができるのでわかったのですが、この結果は意外でした。

一応このブログは政治家の話題を主にしているので、他のジャンルの記事もありますが、割合でいえば政治系の記事が多く、当然、政治関連のキーワードで検索し、見に来られる方が多いのだと思っていました。

ところが、現時点で一番読まれている記事は「二階の女」という記事。「ネタ消費の経済効果」「英王子夫妻のバービー人形」「ミシェル夫人のファッション、ヘアスタイル」などが上位で、政治系の記事はほとんどありません。

もちろん、ありがたいことにトップページから見に来て下さっている方は、スクロールすれば10件の記事を見ることができるようになっているので、私が政治の記事を書いていることもわかっていただいていると思います。

こちらが読んで欲しいなと思う記事はなかなか興味を持ってもらえず、ネタが無いときに苦し紛れに書いた記事の方が受けがいいというのはちょっと複雑な気持ちです。
実は、昨日書いた「ちょっと汚い話」は読んで欲しいと思って書いた記事なのです。ところが、全然読んでもらえていないということがわかり残念に思いました。
マスコミではあの国の不祥事は極力報道しないので、少しでも実態を知って欲しいとの思いで書いたのですが、読んでもらうのは難しいのですね。

もしかしたら、あの国にとって都合の悪い記事なので、意図的に検索されないのではないかと疑っています。次からあの国のことを書く時は、「Kの国」とか「かの国」とか「半島の南半分」とか国名を書かずに書いてみるつもりです。

それにしても、政治系ブログなのにファッションの記事の方が人気があるというのも情けないです。もっと読んでもらえるような努力をしなければいけないのかもしれませんね。
~関連記事~
政治系ブログの影響力
2007年にすでに同じようなことを書いているのですが、記事の質や文章力の向上については、全く進歩していなくて情けなくなります・・・

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2012年5月30日 (水)

ネタ消費の経済効果

書き込みのネタ探せ

「ツイッター」や「フェイスブック」といったソーシャルメディアで自分の書き込みをアピールするための消費が広がっている。1回で終わる体験型の習い事に人が集まり、ネットで話題になるのを狙って面白い商品を買ったり、珍しい場所に出かけたりする人も増えている。大手シンクタンクの試算ではそんな消費者が生む経済効果が3400億円になるという。
▼ネタ消費
 フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアに頻繁に書き込みをする人が、他人からの共感を得たり、自分をアピールしたりといった目的でネットで話題になりそうな消費をすること。(以下略)
(日本経済新聞2012年5月30日朝刊)

面白い内容でしたが、ネット上に無い記事でしたので紙面から少し引用させていただきました。本文はかなり長いので、興味のある方は紙面をご覧下さい。

私もブログを書く者の一人としてネタにはいつも困っています。昨日もネタを探しているうちに眠くなってしまい、そのまま寝てしまいました。

元々、このブログは小泉内閣時の政治ネタを書くために始めたので、内閣終了時にブログをやめても良かったのですが、『止めるのはいつでもできる』と思いつつ、何となく政治家ネタブログのような感じで続けてきました。

そもそも、ブログを止めても誰にも迷惑をかけるわけでもなく、続けているのは単なる自己満足のようなもの。たまに昔の記事を読み返すと、『ああ、あの頃はこういう政治状況だったのか』と確認できる意味では一種の記録として役に立ちます。

そういうブログなので、日経の記事にあるように、無理に自分でネタ消費をしてまでも自分をアピールする必要はないのです。ソーシャルメディアはそもそもやっていませんし・・・

しかし、ネタ消費が全然無いというわけではありません。
国会の売店などで、政治家をキャラクターにしたお菓子を買ってネタにしたことは何度もあり、政治家の著書を買ったりもしました。でも、これくらいではたいした経済効果ではないですよね。

そんな私と比べると、ソーシャルメディア等で積極的に情報を発信されている方が真剣にネタに困る事情はわかります。書き込みのネタのために1回で終わる習い事をはしごする方が多いということは、単なる自己満足ではなく、友人からのコメントなどの反応を期待するところもあるのでしょう。同じ趣味の場合は、新しいネタを求めてついつい仲間同士で競ってしまう場合もあるかもしれません。

記事によると、分野としては特に「飲食、レジャー、アパレル」関連が活発だそうです。
そういえば、以前、ファッション(洋服)をテーマにした方のブログを見たことがあります。購入したお洋服を着た姿を写真に撮ってUPすると言う形式のブログでした。

こういうのは経済効果すごいでしょうね。比較的高価な洋服でしたから、ネタのために洋服を買い続けるのはかなり経済的な基盤が無いとできないです。
同じ趣味の仲間から「かわいい~♪」とか「素敵!」なんてコメントをもらえば、うれしい反面『さらに何かをUPしなければ』と次のネタ(この場合は洋服の購入)を考えてしまうでしょうし、そうなってくると何のためにブログやフェイスブックをやっているんだかわからなくなります。
これって単なる自慢?自己満足?

私のブログも自己満足だけれど、ネタのために消費をしているわけではないので、日本経済には貢献していないです。ごめんなさい。。。

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2009年11月27日 (金)

「続きを読む」という表示

いつもブログの記事をUPした後、画像などのレイアウトを確認するためブログ本体を見るのですが、昨日はいきなり記事の表示が変わっていてあせりました。
これまで普通に全文表示されていたのに、タイトルと最初の1行くらいを残して、すべての記事が「続きを読む」という表示に変わっていたのです。

『あれ、何かうっかりどこかをクリックしちゃったんだろうか?』と眠い目をショボショボしながら何度か記事を更新してみたのですが結果は同じ。
『こ、これは大変なことになった・・・』と相当あせりました。

ここで冷静にココログニュースでも見ていればちゃんと今回の仕様変更についてお知らせがあることに気がついたのでしょうが、私はそこまで考えが至らず気持ちはあせるばかり。眠気もすっかり吹き飛び真夜中なのにレイアウトの変更画面などをあちらこちら確認することになってしまいました。

やっと『恐らくこれに違いない!』という箇所を見つけ祈るような気持ちでブログを更新。記事数が750件を超えていたため更新にはかなりの時間がかかってしまいました。その間、ブログがグチャグチャになるんじゃないかとか、これまでの画像がちゃんと表示されるのだろうかとか心配でたまりませんでした。

何とか元の通り全文表示されるようになりホッとしたのですが、ここでやっとココログからの重要なお知らせに気がついたのです。(遅いよ…)
それによると、『記事をたたんで表示したいというお問い合わせも多いため、デフォルトの見え方を「概要表示+続きを読む」方式に変更いたしました』と書いてあるではありませんか。

それを読んで、『ええーっ、追加機能の方をデフォルトにするなんておかしい!』とかなり怒ってしまいました。だって、普通は新しい機能が追加されたら、それを選びたい人だけが仕様変更をすればいいじゃないですか。何も変えて欲しくない人の方に負担をかけるのは明らかにおかしいです。

そこで、ココログユーザーがどう思っているか知りたくて2chのココログスレやブログ検索をしたら、やはり皆さん怒ってる。『これはうれしい!』という人は私が読んだ限りいなかったですし、『何で勝手にこんなことをするんだ!』という意見がほとんどでした。

ココログとしては『記事をたたんで表示したいというお問い合わせも多い』という希望に応えただけなのかもしれませんが、実際にはそれほど希望しているユーザーはいないんじゃないでしょうか。いたとしてもそちらの方をデフォルトにするのはおかしいです。

そもそも、『続きを読む』という表示のあるブログで、必ずひと手間かけてクリックしてくれる読者さんって、そのブログの常連さんが多いのではないですか?それ以外の方だと相当興味深いタイトルをつけている記事くらいしか読んでもらえないような気がします。

特にパッと開けて見た時に画像が表示されないと、まったく印象が変わってきます。興味深い画像があったとしても、クリックしてもらえなければそのままスルーということも多いと思います。人は案外面倒くさがりなものです。(自分がそうなので・・・)

私はアクセス数を増やそうなどとは考えていませんが、たまたま見に来て下さった読者さんにとっては全文表示の方が見やすいだろうと思うので元に戻しました。
こんな過疎ブログですが、今後とも宜しくお願い致します。

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2009年11月 1日 (日)

ブログで本当のことを書かない理由

今マスコミを賑わしている結婚詐欺(容疑)女。ワイドショーで紹介された彼女のブログを見ると、とてもブランド志向が強い女性のようですね。
私もこうやってブログをやっていますが、犯罪に関係したり、他人に迷惑をかけたりすることでない限り、100%真実を書く必要は無いと思っています。それ故、彼女のブログ内容が虚構に満ちたものであっても、『ああ、自慢したいだけの人なのね』と思うだけです。

そんな自分自慢のブログなんて星の数ほどあるのではありませんか?そういうブログは確かに痛いところがありますが、ブログ主の必死で健気な気持ちが伝わってきて同情してしまうことがあります。

仮に荒唐無稽な話であっても、それがお腹を抱えて笑える内容なら私は愛読ブログのひとつに加えるかもしれません。実際、ネタとして読んでいるブログがあります。もちろん、真面目で勉強になるブログもありますが、所詮ブログなので軽く読み流すようにしています。とにかくブログやネット情報に関しては真剣になり過ぎないというのが私の考えです。

私が一番心配なのは、ブログ内容を鵜呑みにする人です。ネットをやり始めて日が浅い人は、疑うことを知らずに素直に受け取ってしまいます。私自身も決して騙されないとは言い切れませんが、痛い目に何度も遭いながらそれなりに経験をつんできたのかな、と思います。

例えばブログに
『AはBである』
と書いてあったとしましょう。
しかし、ブログ主の真意は
『AはCである』
であったりします。

なぜそんな嘘を書くのかには色々理由があります。
①Cと書くことによって自分の個人情報がばれてしまう。
②Cは過激すぎる意見なので書けなかった。
③Bと書いても「Cだと察して下さいよ」という意味を含んでいる。
などです。

これらは自分の経験でもあるのですが、①は当然ですね。個人情報に関わることは犯罪に利用される可能性があるので真実を書かない方がほとんどだと思います。

昔、某ブロガーさんにリアルで会った時、住んでいらっしゃる場所をずっとBだと思っていたら実はCだったということがありました。自分から個人情報を明かしているブロガーさんなら問題ありませんが、悪気が無くてもつい個人情報に関わる質問をしてしまうことがあるので気をつけたいものです。ブログ主は仮にそういう質問があってもフェイントをかける方が多いのではないでしょうか。

たまに個人情報あるいはそれを推察できる情報を書き込んでいる方がいてハラハラすることがあります。誰が見ているかわからないという意識を持たないと怖いですよ。

②と③は関連しています。
政治ネタは論争になることが多いので、他人とケンカすることを覚悟できなければならないです。正直、ブログで論争することを私は望んでいません。有名ブロガーさんの中にはコメント欄をはずしたり承認制にしていたりする方もいますが、その気持ちはよくわかります。

『在日外国人への参政権反対』のように『これだけは言っておかなければならない』という論点で逃げる気はありませんが、軽いネタで突っ込みを入れられても反論するエネルギーを使うのがバカらしいという気持ちです。左翼は書き逃げするのが常套手段なので無視するのも一つの手ではあるのですが、面倒なのでCだけどBと書いてしまうことはあります。

③については、『空気を読んで下さいね』ということでしょうか。これはネットを始めて日が浅い人には難しいと思います。痛い目に遭いながら学ぶしかないかもしれませんね。私も昔ものすごく空気の読めないやつでした。(今でもそうかも?)

2ch歴が長い人なら『こういう言い回しをしても○○と受け取ってもらえる』という暗黙の了解があります。一種のお約束事というか独特の様式ですね。それにマジレスすることは空気が読めないということになるのですが、たまに冗談のつもりで書いたことが正反対の意味に受け取られて戸惑うことがあります。2chのお約束事を理解しろというほうが無理ですよね。常にマジレスされることを想定して書かなければいけないと反省しています。

今第三者の立場で昔の掲示板の過去ログを読み返してみると、自分が裸の王様状態だったということがわかります。周りの皆さんが親切なので自分がおバカなことをやっていることに気がついていなかったんですね。今読むと顔から火が出るほど恥ずかしいです。誰も教えてくれないから自分で気がつくしかないというところが難しい。

その点2chのような巨大掲示板は、言葉はキツイけれどストレートな物言いをしてくれるので気がつくのが早いです。
「100回ググレ!」「過去ログ読め!」ってね。
親切そうに見えても心の中は「ググレカス(Gugulecus 紀元一世紀頃)」って思ってるかも。。
昔ご迷惑をかけた皆様ごめんなさいm(_ _)m

こんなことを書くと、私のブログは嘘だらけなのかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、もちろん『そういう場合もありますよ』という意味で書きました。ネット情報は『それくらい疑って下さい』という意味もあります。すごく嫌味な書き方をしてしまいましたが、本当のことを書けない理由もあるのです。

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2009年7月 1日 (水)

ちょっと焦った

昨日はココログのメンテナンスの日だったのですが、予定の時間が過ぎても復旧しない。
それどころかブログが開けない。管理画面へも行けない。
こ、これは、『ついにデータが飛んだのかぁああっ!』
とちょっと焦った。
かれこれ3年ブログをやってきたのだけれど、こんな過疎ブログでも無くなってしまうのはやはり寂しい。
ここ数ヶ月はバックアップも取っていなかったし、また一から始めてもいいのだけれど過去記事が見られなくなるのも不便だし『あぁどーしよう』
と、あれこれ考えているうちに夜になってやっと復旧。ふぅ。。。
疲れました。
しかし、避難所を作っておいてよかったです。

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2008年5月 6日 (火)

なぜブログを書くのか

ブログは基本スキルが学べる だからチャレンジしてほしい 井上トシユキさんに聞く(下)

 経営者や著名人でない一般の人が書くブログもいまひとつさえない。書いても反応がない。「スパム化」しているとも言われる。ITジャーナリストの井上トシユキさんに現状と、背景を聞いた。

■お金をもらえないし、ヘタすれば炎上

――一般の人が書くブログは新聞記事を引用し、感想を書くだけのものもあって、ホントに読まれたいの?という感じもします。

  井上 自分が思ったことを書いて、公開するだけで快感、ということなのかもしれません。日本人は文章を書く訓練を学校でそれなりに受けている。そこで「自分も書いてみたい」と始めるんでしょうが、読んでもらえる文章、共感を呼ぶ意見というのは、やはり簡単には書けない。書いても反応がない、お金をもらえるわけでもない、ヘタすれば炎上するとなると、生活のなかの優先順位は落ちていく。とりあえず、暇つぶしに無難なことを書いておくというのでは技量も上がらない、という悪循環が起きているのでしょう。なんにでも最初からプロはいないんで、そこを頑張っていくと良いんですけどね。(後略)
(Yahoo!ニュース-J-CASTニュース5月6日10時5分)

「新聞記事を引用し、感想を書くだけのもの」・・・
すみません。まさに私です。
反論するわけではないですけれど、私はお金をもらおうとも思っていないし、快感を得ようとも思っていないです。炎上するほどの人気ブロガーでもないですしね。
じゃあ、何で書いてるの?と問われると、なかなか答えるのが難しいです。もともとブログを作る気は無くて、掲示板のオマケのつもりだったので・・・

あえて言うならば、「自分の意見を発信してみたかった」ということでしょうか。学生ならばゼミなどで自分の意見を述べる場がありますが、一般人となるとなかなか難しいですね。その点、ブログは簡単に意見を発信できるので便利です。

本当はもっと勉強して読み応えのある文章を書ければよいのですが、それは無理というもの。また、そんな堅苦しいことを書くつもりは無いので、現状はこの記事にあるように「単なる感想文」という感じになっています。

正直、政治関連のネタは単なる感想であっても、異なる意見を持つ人からの反発を受けやすいです。それでも書くのは、やはり自分の意見を表明しておきたいから。また、多少でも自分の書いたことが誰かの役に立てればよいと思うからです。
今日はどこそこへ行って何を食べた、という日記系のブログならば反発も受けないかもしれませんが、恐らく私ならば毎日は書けないし止めてしまうと思います。(たまには書きますが・・・)

井上氏の前記事を読むと、ブログの時代はもう終わったかのように書かれています。確かに、そこに書かれていることは頷けることばかりです。私自身、一時期あれほど読んでいたブログをほとんど読まなくなってしまいましたし、もっと本を読んだ方が有意義なのではないかと思っています。今後もブログは無くならないと思いますが、ブログに対する意義を見出せないブロガーが増えれば、ブログの未来は明るくないと思いますね。

前記事はこちら。
読んでもつまらない「ブログ」はもう終わったのか 井上トシユキさんに聞く(上)

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2008年5月 5日 (月)

人気ブロガーの断筆宣言

政界混迷!人気ブロガーらに注目 読者非常識で苦悩もチラリ

 ネット上で定着している政治系ブログとの距離感をどう計ろうかと、この記事の構想を考えていたところ、本紙「正論」の執筆者でもある雪斎さん(政治学者、櫻田淳氏)が、4月下旬に「やってられないわ」とブログ「雪斎の随想録」(http://sessai.cocolog-nifty.com/)の断筆を宣言した。政治への真剣な思いが込められた文章でありながら、心ない読者からの誹謗(ひぼう)中傷が絶えなかったという。
 雪斎さんの親友を自任する中年金融マン、ぐっちーさん(http://blog.goo.ne.jp/kitanotakeshi55)は、礼儀を知らない読者の非常識が「優良な書き手を駆逐していく」と慨嘆しており、「ぐっちーブログもそろそろ」と漏らす。雪斎氏とは同じ船団の仲間だという意識を持っていた溜池通信(http://tameike.net/)のかんべえさんも「ブログを通した議論が本当に生産的なものなのかどうか」と、疑問を抱いている。お二人ともそう弱気なことを言わず、機能不全が著しい永田町政治に対して、ますます厳しい突っ込みを入れていただきたいものである。(中略)
 雪斎さんは「ブログは『床屋政談』である」と定義し、プロの政治学者があえて床屋政談に関与するにあたり、「燕尾(えんび)服ではなく着流し」で臨んだという心構えを「告別の辞」の中で語っている。ネット上で展開されるあまたの政治談議のなかでも、人気サイト、人気ブロガーたちの視点は、政治報道に携わる者にとって気になるものだ。啓蒙(けいもう)を受けることも少なくない。あえて「ライバル」たちの存在をお知らせした格好だが、彼らもまた熱心な新聞の読者であることをお忘れなく。
(Yahoo!ニュース-産経新聞5月5日13時51分)

雪斎先生のブログは私の大のお気に入りでした。政治や国際関係を考える上で多くの示唆を与えてくれたブログであり、断筆宣言は残念でなりません。

さまざまな方のブログを読むようになって何年も経ちますが、その間にお気に入りのブログ閉鎖は数知れず、しかも、内容の充実したブログほどある日突然閉鎖してしまうという傾向があるように思えます。

それはまさにぐっちーさんのおっしゃるように『礼儀を知らない読者の非常識が「優良な書き手を駆逐していく」』状態です。このような傾向が今後も続くようであれば、プロの書き手ならば断筆するか、有料メールマガジンのような方法をとらざるを得ないのではないでしょうか。

私は有料化には否定的です。確かにその方法であれば非常識な読者はやって来ないと思いますが、広く世間の人に意見を伝えるという目的は達成できなくなるからです。雪斎氏はそのことを理解していたからこそ閉鎖的な手法をとらなかったのだと思います。

そもそもプロの書き手は文章を書くことで対価を得ているのですから、その方たちが着流しの床屋政談を無料で提供して下さるのであれば、読み手側も着流しで井戸端会議のような気楽な会話を楽しめばよかったのです。雪斎氏はプロの政治学者ではありますが、ブログでは読者と学者の議論をするつもりは無かったものと思われます。

また、コメント、トラックバックを受け付けない設定にすることも可能であったにもかかわらず、それをなさらなかった雪斎氏のお気持ちもわかるような気が致します。

ブログというものは気楽に意見を交換できる場であることに意義があり、コメントを受け付けない時点でブログの魅力は半減します。雪斎氏はご自分の考えを発表するだけではなく、開かれた意見交換の場を提供して下さっていたわけですから、コメントする側もその気持ちを汲み取るべきだったと思います。

―――「熱狂的な人、狂言的な人物をわれわれが警戒するのは、その中に『おもいやり』のなさを嗅ぎ付けるからだろう。『他人をおもいやる感情は、内面の平衡状態の静けさのなかで』だけ聴き取れる『静かな細き声(神・良心の声)だからだ。内面的にバランスのよい人は、熱狂しない」。(エリック・ホッファー)―――

私と雪斎先生を結び付けていたのはエリック・ホッファーでした。先生の断筆宣言後、改めてこのホッファーの言葉を重く受け止めています。

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