民主・横粂議員が離党意向
菅首相の政権運営を不服として、横粂勝仁衆院議員(29)(比例南関東ブロック)が民主党を離党する意向であることが22日、わかった。
横粂事務所によると、横粂氏は20日、離党届を提出するため岡田幹事長と面会したが、岡田氏は慰留し、離党届を受け取らなかったという。横粂氏はすでに、後援会員に「党利党略、私利私欲の政治に耐えられない。新しい政治スタイルを作り出す使命を感じた」などと離党の意向を伝える文書を送付。23日には地元の神奈川県横須賀市で説明会を開く。離党後は「若い国会議員5人ぐらいで新しいグループを作る」と地元関係者に話しているという。
横粂氏は2009年衆院選に神奈川11区から民主党公認で出馬。小選挙区選では自民党の小泉進次郎衆院議員に敗れたが、比例選で復活当選した。東日本大震災後は自身のブログで、政府・民主党の対応を批判していた。
(Yahoo!ニュース-読売新聞5月22日(日)18時27分)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110522-00000436-yom-pol
あの神奈川11区から出馬して落選せずに比例復活という事実を見ても、あの時民主党に吹いていた追い風のすさまじさがわかります。2009年の選挙は、民主党という看板を背負っていただけで簡単に当選できました。
そうして大量に当選した民主党新人議員の中でも、横粂氏は小泉進次郎氏と戦ったということで何かと注目されました。取り立てて何か実績があったわけではありませんが、結構マスコミに取り上げられることも多かったと思います。
しかし、時は移り今や民主党の看板を背負った候補者では勝てません。4月の統一地方選では民主党の看板を返上する動きが相次ぎました。横粂氏も次の選挙が危ないと焦ったのでしょうか。離党後は「若い国会議員5人ぐらいで新しいグループを作る」との考えのようですが、当面は無所属で活動するのでしょう。
法律では比例代表選出議員が他の政党に移動した場合は当選を失いますが、離党し無所属になった場合や新党に移る場合は議席を失いません。そのため、無所属になる議員が時々います。
本来、比例選出議員は、所属していた政党を支持する有権者の票で当選してきているので、離党するのではなく議員辞職をするのが筋です。しかし、法律がその矛盾した制度を認めているので仕方ないですね。
最近では経済財政政策担当大臣の与謝野馨氏が有名です。
彼は、自民党比例代表で当選→たちあがれ日本→無所属となり現政権の大臣になりました。
こんなことが許される比例制度はいずれ改革する必要があるでしょう。
横粂氏は新しいグループを作ると言っていますが、無所属では比例復活もできませんから次期総選挙を神奈川11区で戦うのはかなり厳しいと思います。新党の比例代表で当選できる見込みも限りなく薄いでしょう。
なぜ彼は民主党に留まり内部から改革する道を選ばなかったのでしょうか。民主党の看板を下ろすことばかり考えずに、民主党改革派として戦った方がまだ見込みがあったと思います。単に保身のための離党であるならば、彼に一票を投じた有権者の理解は到底得られないでしょう。
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コメント
ちょと古い記事にコメント失礼いたします。
「なぜ彼は民主党に留まり内部から改革する道を選ばなかったのでしょうか」。おそらく党にとどまったら国替えができなかったからだと思います。案の定、離党して時をおかずに無責任にも国替えを断行しました。
彼に一票を投じた有権者の民意なんて、つゆほどにも考えていないのだと思います。
投稿: BiLLARSあかん | 2011年10月24日 (月) 02時43分
>BiLLARSあかんさま
こんばんは。
横粂氏は、民主党を除籍されて衆院東京18区から出馬すると表明していましたね。
菅内閣不信任決議案に賛成した頃は、菅さんの人気が最低でしたから菅さんの選挙区に目を付けたのでしょう。
無所属でも神奈川11区で頑張るのかと思っていたので、彼のあの行動にはかなり失望しました。
しかし、菅さんも総理を辞めてしまったので、今ではそれほど注目されるとは思えません。当てが外れた気分かもしれませんね。
内閣総理大臣指名選挙で自分自身に票を投じるとか、横粂氏は何を考えているのかわかりません。
投稿: minori | 2011年10月24日 (月) 22時21分