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2010年10月16日 (土)

マスコミが報道しない理由

今日は尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件をめぐり中国に抗議する集会が東京で行われ数千人規模の人が集まったようです。私はネット中継をしばらく見ていたのですが、ものすごい人の数に吃驚。『さすがに今回はマスコミも無視できないだろう』と思いました。

ところが、テレビ局は何社か取材に来ていたようですがニュース番組では見事にスルー。特にひどかったのはNHKです。中国で行われた反日デモは画像が無いにもかかわらずトップニュースでしたが、中国より大規模だった日本のデモには一言も触れませんでした。

日本のマスコミの異常さはネット上では常々語られてきましたが、こういう現実を目の当たりにすると改めて背筋が寒くなる思いがしました。
しかし、ここまでマスコミが黙殺するのは何らかの理由があるはずです。何かヒントはないものかと以前読んだ本などを調べてみました。

丁度、中国で反日暴動が繰り返されていた2004年から2005年頃に購入した本ですが、今読み返してみると非常に興味深い記事がいくつもありました。基本的に中国政府はあの頃からほとんど変わっていないように見えます。

なかでも東京新聞の元中国総局長だった清水美和氏の北京特派員時代の話は興味深いので一部紹介したいと思います。悪くいえば自己正当化のようにも見えますが、北京特派員という特殊な環境下ではかなり本音を書いていると思います。

―――北京に日本の記者が常駐するようになったのは今から四十年前の一九六四年、両国間で「日中記者交換に関する覚書」が交わされてからである。(中略)
ただ、一九八〇年代から、この「覚書」は次第に形骸化し、辺見記者をはじめ記者の国外退去処分には、国家機密窃取など刑法上の理由が挙げられるようになった。現在では、中国に対する批判的報道が理由で常駐記者に直接圧力が加えられたり、支局を閉鎖されたりする脅威を感じることは、ほとんどなくなった。
 ただし、これは北京で取材をするうえで、心理的圧力がなくなったということではない。長く常駐していると、ここまで取材をしても問題はないが、そこを踏み越えたら危険という境界が、だいたいわかるようになる。取材活動への公安部門の干渉を招かないため、自己規制することはたしかにある。(中略)
 こうしたリスクを冒しても取材すべきなのかもしれないが、天安門事件当時と異なり、大きく影響力を後退させた党内民主派の現状を考えると、接触する気になれなかった。これらのセンシティブな問題の取材では、その成果と、それに伴うリスクを絶えず秤にかけざるをえない。「覚書」の無言の圧力は、現在も残存しているというべきであろう。(中略)
 経済の実力を蓄え躍進する中国に世界の目は集まっており、何もしんどい思いをして立ち遅れた農村や都市の貧困、民主派や法輪功への弾圧といった暗い面を取材しなくても記事は書けるし、紙面ではそれなりに歓迎される。(中略)こうした記事を書いている限り、中国では厚遇され、公安当局の干渉を招く恐れもない。三年ほどの任期を無事に務めあげ、「特派員経験者」のキャリアをつけて国内の取材部門に帰ることができる。(中略)
 改革・解放と高度成長の恩恵に浴し、この十年で十倍近くに収入が増えた都市のホワイトカラーたちは、ほとんど収入が伸びない農村や出稼ぎ労働者に思いを致すことはなく、この国の断裂は恐ろしいまでに拡大している。
 こうしたなか、中国の中でも別世界の北京で暮らす特派員たちが日常的な誘惑に負けず、リスクをいとわないで、この国の実相を伝える地道な努力を重ねられるのか。その意味で北京特派員の敵は、記者交換に関する覚書や公安当局ではなく、実はわが身の内にあるといえよう。―――
(清水美和『北京特派員の「内なる敵」』情報操作の国の外国記者事情
『中国利権の真相』別冊宝島2004年10月11日発行より引用)

非常に長い記事の一部分なのですが、かなり本音が書かれていると思います。北京では街のあちらこちらに監視用のビデオカメラが設置されており、電話は盗聴されるのが当たり前。情報源との接触にはこうした見えない壁をいくつも乗り越えなければなりません。しかも、内部文書などニュース価値の高いものが手に入っても、記者をひっかけるための偽物の場合もあるそうです。こうした特殊な国においては、どうしてもリスクのある記事を書くより楽な方へと流されていってしまうのでしょうね。

ちなみに記事の中にある辺見記者とは、今は作家・辺見庸として知られる辺見秀逸氏のことで、彼は中国共産党の機密文書をスクープしたため国外追放されています。こうした現実がある限り、中国政府の見えない圧力に屈することなく記者としての信念を貫き通すことは難しいのでしょう。

日本のマスコミも、中国とのつながりが深い企業がスポンサーとか、色々な見えない壁があるに違いありません。これはマスコミという企業の特殊性です。日本のマスコミは日本の企業で、将来にわたって多国籍化することはまず考えられません。逆にスポンサー企業は多国籍化しています。マスコミが日本で生き残っていくためには、企業や日本政府から嫌われないことが一番重要なのでしょう。

日本のデモが黙殺されたのは、結局北京特派員の立場と同じように、リスクのある報道は避けたかったということではないでしょうか。国民に無用な刺激を与えないというのが政府の望むところであり、マスコミは忠実に従っているのだと思います。インターネットが発達した時代に恐ろしく逆行している姿勢ですよね。しかし、いくらマスコミが隠しても事実を知っている人はたくさんいるわけです。マスコミがいつまでも自己保身の態度を続けていく限り、この業界は衰退していくのではないでしょうか。

中国政府が反日デモを恐れるのは、いつか批判の矛先が政府に向けられるのを恐れているからだといわれています。日本政府も自分たちへ怒りが向くのを恐れていると思いますから、中国大使館へデモするよりも国会や民主党を取り囲むデモをやった方が効果的だと思います。国会周辺を数千人で取り囲んだらさすがにニュースになるのではないでしょうか。

Protest_march_2

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