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2010年2月 6日 (土)

命の認識と想像力

Toudai10_4東京大学総合研究博物館で開催されている「命の認識」展に行ってきました。この博物館の企画は、いつも斬新で、思いもつかない視点から物事を見つめることができます。普段眠っている思考回路が刺激されるといった感じでしょうか。
『ああ、こういう見方もあるんだ・・・』という新鮮な驚きです。

先日偶然、解剖学の第一人者で東京大学総合研究博物館教授の遠藤秀紀氏のお話がラジオから流れているのを聴きました。先生の『一切の文字を排除した展示空間』というお話に今回はどんな刺激を受けることができるのかとワクワクしました。

特別展の展示場に入ると、まずアクリル槽に漂うゾウとキリンの死産胎子が来館者を迎えます。その背後に広がる夥しい数の動物の骨。この展示は圧倒的です。説明文など文字という文字は一切排除され、否応無しに命と死に対峙しなければなりません。

『来館者それぞれが自由に感じることを大切にしたい。そのためには文字による説明文で固定観念を持って欲しくない。来館者が苦悩して「命の認識」を感じ取って欲しい』それがこの展示の狙いなのでしょう。

確かに、美術館や博物館では、説明文を読むことに気を取られ、展示物そのものを先入観無しに見ることができないような気がします。学術的な知識を得ることが目的の方にとってはそれでよいのかもしれませんが、それならば教科書や図録を見る方がより詳細な知識を得ることが可能です。

せっかく実物が目の前にあるのですから、展示物と素直に向き合ってみることも必要ではないかと思いました。本来、来館者それぞれの人生、職業によって展示物の感じ方は違うはずです。一切の文字を排除するという今回の展示は少し極端かもしれませんが、あるがままの感じ方は大事にしたいと思いました。

私は能楽が好きですが、能という芸術は簡素な表現様式であり、舞台装置や演出も無駄なものは極限まで削ぎ落とされたものです。そこに簡素な美しさがあり、省略された分だけ見る側が想像力を働かせなければなりません。三間四方という小さな能舞台から広がる無限の世界、それが能の魅力でしょう。

私は一面に並べられた骨を前に能舞台の空間を思い出しました。能の演目は死を扱ったものが多いので、この骨の世界もひとつの舞台と考えれば共通点があるような気がしたのです。美しく並べられた骨は芸術作品のようでもあり、また、死を連想させるものというより、かつて命があって生きていた頃の姿に見えました。

動物達の群れが草原を駆け巡っていた頃の姿を想像するのは楽しいです。小動物の頭蓋骨はたまらなく愛らしく、昔飼っていた子犬を思い出しました。これは私なりの感じ方でしたが、自分がどう感じるか興味のある方は東大で悩んでみて下さい。3月28日まで開催されています。

そういえば、初の施政方針演説で「命」という言葉を24回使った鳩山首相には是非見て頂きたいですね。

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