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2008年11月15日 (土)

小泉外交と歴史的役割

最近、ある雑誌で防衛大学校長の五百旗頭真氏が日本外交について書かれた文を読みました。五百旗頭氏といって今でも思い出すのは小泉内閣メールマガジンです。

小泉首相の強い希望によって防衛大学校長に指名された五百旗頭氏でしたが、その首相のメールマガジンに靖国参拝の批判やイラク戦争支持への憂慮を表明する文章を寄稿してちょっとした話題になりました。

当時小泉首相は、「いいと思う。言論の自由だから。人によってさまざまな見方がある。自由に寄稿してください」とマスコミが煽ろうとするのを一向に気にかけない様子でした。

五百旗頭氏は小泉首相のアジア外交については憂慮していた反面、日米関係については高く評価しており、右からも左からも批判される方だと思います。雪斎先生のおっしゃる「フクロウ派」の論客といったらいいでしょうか。タカ派やハト派が極論に走りがちであることに対して、柔軟性が高く、現実的な判断力を持った方だと思います。

メールマガジンへの特別寄稿から約2年、あれから安倍、福田、麻生とめまぐるしく内閣が変わりました。今五百旗頭氏の文章を読むと、改めて小泉外交に高い評価を与えているのがわかります。全文を紹介することはできませんので、小泉外交に触れている箇所を引用させていただきます。全文をお読みになりたい方は『外交フォーラム2008年12月号』をお読み下さい。

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小泉首相の9・11への対応は見事でした。あのテロは日本にとっての危険でもあり、また日米同盟にとっても大きな試練だった。しかし小泉さんはテロの二週間後にグラウンド・ゼロに立って、「われわれはアメリカとともにある」と言い切り、信頼関係をしっかりつなぎとめた。その後のテロ特措法、イラク特措法を作ってテロとの戦いに参加することで、日米同盟をアップグレードしたわけです。アーミテージ国務副長官が「北朝鮮による日本へのいかなる攻撃も、アメリカに対する攻撃と同じである」と明示的に拡大抑止を声明したことはその証であり、そのような信頼関係があったから、日本は北朝鮮の度重なる脅しにも比較的冷静に対応できたのだと思います。
 イラク戦争については私もいろいろと厳しい意見を述べてきました。(中略)
私は、日本がアメリカのイラク開戦の決定を「理解し、そして尊重」するべきだが、「支持する」と言ってはいけないと思いました。「支持する」というのは「私もご一緒しましょう」ということにつながる。不幸な行軍にご一緒するのはつつしんで、若干の距離を持ったほうがいい、後方支援やイラクの復興支援でがんばるに留めるべきだと考えました。
 しかし、いま振り返ってみれば小泉総理のイラク戦争に対する手綱裁きはなかなか見事だったといわざるを得ないでしょう。第一に、ブッシュ大統領に向かって国連を通じての合意形成を強く促しました。二〇〇二年九月の首脳会談で、アメリカ単独のイラク戦争というのではなく、国連のオーソライズを得て、国際社会とイラクとの戦いという形に持っていくべきだと主張された。(中略)小泉総理なりに戦争の正当性を確保しようと努力したわけです。そのプロセスを経て、同盟国のアメリカが開戦を決めた以上、潔くこれを支持すると言い切ったわけです。やみくもな追従ではない。
 第二に、自衛隊をサマーワに派遣しましたが、これがよい仕事をやり遂げました。派遣に至る議論には、かなりあやしいところがあった。首相は「自衛隊がいるところが非戦闘地域だ」とぬけぬけと言ってしまう。私はそれは「白馬、馬にあらず」の理屈だと感じましたが、しかし政治的・軍事的に、サマーワが比較的安全な地域であったことは間違いない。この政府の選定は的確だった。(中略)
 そして第三に、撤退が鮮やかでした。撤退というのは出兵よりもずっと難しい。しかし小泉さんは、何か悲劇的な事件が起きる前に、しかもアメリカから感謝されるような形で撤退させた。これは見事というほかないでしょう。このような点で、小泉内閣のマネジメントは、例外的なほどに巧みなものでした。
 アメリカとの関係をあれだけ高めたのに反して、アジア外交、特に対中外交は、靖国原理主義で相当に傷つけてしまった。(中略)
 靖国問題を現在の関係を行き詰らせる仕方でしか使うことができなかったのか。私はその点、非情に残念な気がしています。(中略)
 小泉外交は、意図的か結果的にそうなったのかわかりませんが、靖国に断固行くと言ったら行くわけですから、歴史問題をふりかざしさえしたら日本は何でも言うこをを聞くんだという中国側の認識を改めさせたところはありますね。小泉首相の意地っ張りが効いています。その後は、やはり日本の言ったことを聞くべきところは聞き、受け入れなくてはならないという姿勢になってきた。そのおかげで、安倍政権は靖国に行くとも行かないとも言わないというだけで、首脳会談ができたわけです。(中略)安倍さんも自分の歴史的役割を十分に認識しており、そこがはっきりしていれば、個人の信条は問題ではないということです。中国らしいリアリズムだと思いました。(以下略)

『外交フォーラム――2008年12月号』(都市出版)「アメリカとアジア 共鳴する二つのアリーナと日本外交」 防衛大学校長 五百旗頭真 より引用
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こうして読んでみると、五百旗頭氏は小泉首相の靖国参拝に反対だとは言っていません。むしろ、小泉さんがあそこまで意地を張ったおかげで中国側の認識が改まったと言っています。

靖国参拝を中心とした歴史認識については、日中双方単なる外交カードに過ぎないとわかっている人は多かった。しかし、それを一方的に中国側のカードとして使われ続けてきたのは、その費用対効果が抜群によかったから。

通常、外交カードは莫大なお金がかかるかリスクが高いかのどちらか、またはその両方で、簡単にカードを切ることをためらうものです。ところが日本に突きつける「歴史認識カード」はコストゼロで日本を黙らせることができる。これほど都合のいい外交カードを中国はそう易々と手放すわけにはいかなかったでしょう。小泉さんは靖国参拝を続けることでこの関係を断ち切り、逆にカードを奪い返しました。

五百旗頭氏もおっしゃっているように、政治家というのは自らの歴史的役割を十分に認識していればよいのです。小泉さんは靖国参拝の理由として多少個人の信条を言い過ぎたような気もしますが、中国的リアリズムからすればそういう部分はそれほど重要ではなかったのでしょう。

小泉さんはアジア外交を悪化させたといわれますが、小泉さんにはその時代の役割があった。それがあったからこそ安倍、福田両政権を経て現在の外交関係があるわけです。
私は安倍、福田両氏の外交はあまり評価していませんが、五百旗頭氏のように考えれば、二人とも自らの歴史的役割に沿って行動していたのかもしれません。

こうしてみると、国際関係では各国の指導者である個人が果たす役割がいかに重要かということです。その時々の国内情勢や国際情勢に左右される面もありますが、その時代に誰が首相であったのかはとても運命的な出来事のように感じます。

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コメント

こんにちは♪~
 
五百旗頭真のメルマガ投稿文を読みました。あの時話題になりましたが、改めて読むと自衛隊の撤退のところ等は感動しました。
「不世出のリーダー」とありましたがほんとにそうですね!

投稿: 葉音 | 2008年11月16日 (日) 12時34分

>葉音さま
こんばんは~
小泉首相の功罪については人それぞれ考え方があると思いますが、「この国を守る」という国益に関する政策については一貫してぶれるところがなく、私は高く評価しています。
自衛隊の方々も小泉首相時代は今以上に誇り高く自信を持っていたと思いますし、田母神論文のような騒動は起こらなかったのではないでしょうか。
リーダーの姿勢が自衛隊の士気にも影響すると思います。

投稿: minori | 2008年11月16日 (日) 18時59分

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