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2007年5月30日 (水)

妻への思い

世阿弥作の有名な修羅能に「清経」という曲があります。
源平の合戦で都落ちした清経は、戦半ばで入水し自ら命を絶ちます。
一人夫の帰りを待つ妻のもとへ夫の自殺を知らせる使いが来て遺髪を届けますが、夫の死をあきらめきれない妻は形見を返してしまいます。
泣き伏しうたた寝した妻の夢の中に清経の霊が現れますが、妻は戦死か病死ならともかく、自分を置き去りにして自殺するとはと恨み嘆きます。
清経は、追われる者の焦燥と、無益な抗戦への懐疑からついに死を決意したこと、そして死の後、修羅道に落ちて苦しみますが、念仏のおかげで成仏できたことを語りつつ消えていきます。

修羅道とは阿修羅の住む世界のことで、現世に闘争をした者が死後落ちていくところとされ、永久に逃れることのできない修羅の苦しみをするとされています。
故松岡大臣は今修羅道にいるのでしょうか、それとも安らかに成仏されたのでしょうか。
人の死をあれこれと第三者が詮索するのは避けた方がよいのでしょうが、松岡大臣の死を聞き、なぜか清経を思い浮かべてしまいました。

「内情については家内がよく知っています。それは家内だけが知っている場所にあるので探さないで下さい」

奥様宛の遺書は奥様しか知らない場所にあるということなのでしょうか。
他人の手を介さず、最後の言葉は直接読んで欲しいという愛情の表れととることもできます。
自ら命を絶つ前に、万感の思いを込めて笛(扇)を見つめ、妻の夢に現れ最後の心境を物語る清経。
自殺を芸術的に美化するなというお叱りの言葉が聞こえてくるようで、その点ではお詫びしたいと思いますが、雑兵の手にかかるよりはと自ら命を絶つ姿がなぜか松岡氏の姿に重なって見えました。

私は松岡氏がどのような方であったのか知りません。
これまでのマスコミの報道から黒い噂の絶えない方、という印象は確かにありました。
しかし、農家に生まれ、大学では農学を専攻し、農水省に入り、ついに農水大臣まで上り詰めた経歴からは、農業政策に関しては専門家だったことがわかります。農業政策を熟知していたからこそ、守りの農政から攻めの農政への転換も成しえたのでしょう。そういったプラスの面がマイナスの面に隠れてまったく評価されなかったことは残念ではありますが、恐らくご本人はそのことをそれほど恨んでなどいなかったのではないでしょうか。ご自身の抱えるどす黒い闇の世界を自覚していらっしゃった故、功績を称えられることとは無縁だとの思いもあったのではという気が致します。

松岡氏の死によって疑惑の追及ができなくなることだけは避けなければなりません。それは与野党ともども党利党略を離れてしっかりやっていただきたいと思います。
ただ、民主党の議員の方たちが松岡氏を批判する資格があるのか、という思いはありますが・・・

最後に、疑惑にまみれた黒い世界の松岡氏が存在していた一方、あまり知られていない白い世界の松岡氏の側面を、比較的身近にいらっしゃったこの方が語っていらっしゃるので読んでいただきたいと思います。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

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